(1)達弥西心のわかりやすい話「決断」

達弥西心のわかりやすい話「決断」

●こころの回転数を上げていけ(1/2) - HMU 達弥西心

私たちがこころの中でふと思ったり、決意したりするそのこころの動きで、こころの現次元は上がったり下がったりしています。

今日は朝からなんだか調子がいまひとつだという経験があるでしょう。嫌なことに出合うと、とたんに落ち込んでしまったりするでしょう。

誰もこころの中はのぞけませんが、外から見える態度や表情を見ていると、その人のこころの状態が分かります。

●トマトジュースじゃだめなんだ(5/5) - HMU 達弥西心

確かに結果は、私がグラスの水を飲んだということには違いありません。

しかし、ここで重要なことは、まわりの人たちが私の行動をどう思い、どう評価しようとも、私自身は、行動を起こすずっと前に、すでにグラスの冷たい水を飲んでとてもおいしかったという結果を、はっきりと予測していたということです。

私は、行動を起こすずっと前に、想像の世界で、自分はきっとこうなるだろう、必ずこうなりたい、やっぱりこうなったという結果を、はっきりと体験していたのです。

●トマトジュースじゃだめなんだ(4/5) - HMU 達弥西心

一方、グラスの水をゴクゴクとおいしそうに、いっきに飲み干す私の姿を眺めていたまわりの人たちは、どのように思ったでしょうか。

私がグラスの水をおいしそうにいっきに飲み干したという結果だけを見て、その直前の私の行動を想像と推測でつなぎあわせて、あの人はずいぶんのどが渇いていたんだなと判断することでしょう。

●トマトジュースじゃだめなんだ(3/5) - HMU 達弥西心

もしも、グラスの中に入っているものが、大嫌いなトマトジュースだったとしたら、どうでしょう。しかも、なま温かいトマトジュースだったら、どうでしょう。手を伸ばすでしょうか。いっきに飲み干してしまうでしょうか。きっとためらうはずです。

大嫌いなトマトジュースではだめなのです。なま温かいトマトジュースでは、飲み干して満足している、笑顔の自分をどうしても描くことができないのです。

●トマトジュースじゃだめなんだ(2/5) - HMU 達弥西心

目の前に冷たい水の入ったグラスがあります。話に夢中になっていた私は、のどがとても渇いていることに気がつきます。

私はふと、目の前の冷たい水を飲みたいな、飲んだらきっとおいしいだろうなと思います。

そのとき私は、グラスの水を飲み干して、ああおいしかったと満足している自分の姿を、こころのどこかにはっきりと描いています。その満足している自分の姿をあざやかに想像することができないかぎり、私は目の前のグラスに手を出すことはしないからです。

●トマトジュースじゃだめなんだ(1/5) - HMU 達弥西心

私たちのこころの中での決意は誰の目にも見えませんが、決意はその後につづく私たちの行動を確実に決定づけています。私たちは知らず知らずのうちにこころの中で決めた通りに行動しているのです。

そして、私たちのその行動だけは、誰の目にもはっきりと見えます。誰もが、私たちのその行動と結果で、私たちを評価するのです。

●そんなバカな話があったなら(3/3) - HMU 達弥西心

もしも、私たちが投げ捨てた空き缶や紙くずが、家に帰って玄関を入ると、自分が投げ捨てた分の何十倍にもなって積み上げられているとしたら、それが宇宙の法則だとしたら、これは一大事です。


たとえ私たちが空き缶を投げ捨てても、おそらく、とがめる人は誰もいないでしょう。

しかし、私たちが投げ捨てた瞬間、もっと正確に言うと投げ捨てようとこころの中で決意した瞬間に、投げ捨てては悪いと分かっていながらそれを実行したという理由で、私たちの人生の生き方評価に大きなマイナス点が加算されているとしたら、これは一大事です。

私たちの人生のいちばん最後の日に、その評価の総合得点がプラスなのかマイナスなのかで重大な判定がなされるとしたら、それが宇宙の法則だとしたら、それこそこれは一大事です。

そんなバカな話があるものかと笑い飛ばすでしょうか。それとも、今日から人生をもっと真剣に生きていくことを決意するでしょうか。ここが大きな分かれ道です。

HMU 達弥西心

●そんなバカな話があったなら(2/3) - HMU 達弥西心

もしも、私たちが、投げ捨ててはいけないことだと分かっていて、それでも投げ捨てたとして、それをじっと見ている誰かがいたとして、それはいけないことだと警告するために、こころのどこかをチクリを痛めたり、こころを晴れない気分にしているのであれば、それが宇宙の法則であれば、これは一大事です。


どうして投げ捨てるの。いけないことだと分かっているだろうに。

これくらいのこと、たいしたことではないじゃないか。持って帰るのめんどうだし、くずかごだってまわりにありゃしない・・・。

誰かが片付けてくれるのを知っています。自分以外の誰かが、処理することになることを知っています。要するに、自分で片付けなくても良いということだけが分かっているのです。そして、見事に割り切るのです。

(続く)

●そんなバカな話があったなら(1/3) - HMU 達弥西心

煙草の吸いがらの投げ捨て、空き缶の投げ捨ては、いくら注意を呼び掛けても、そんなに地域ぐるみのクリーン作戦を展開してみても、なかなかなくなりません。街の路上にはあたかもゴミ捨て場かのように、紙くずまでも捨てられています。


煙草の吸いがらを投げ捨てる人、空き缶を投げ捨てる人、紙くずを路上に捨てる人、投げ捨てる瞬間に、こころのどこかがチクリと痛みはしなかったでしょうか。こころは晴れやかだったでしょうか。

誰も見ていないはずのこころの中のことなのに、どうしてチクリと痛かったり、どうして晴れやかな気分になれなかったりするのでしょうか。もしかして誰かが見ているのかもしれない、と思ってみたことはありませんか。

(続く)

●どしゃ降り大雨のちスカッと快晴(4/4) - HMU 達弥西心

明日は晴れるか、雨なのか、それとも嵐かかみなりなのか。誰にもわかりません。

わかっていることは、ただ一つです。たとえ明日がどんな天候であっても、私たちは明日も生きていくということです。私たちが明日も生きていくことを変更できないのであれば、明日の行動予定も変更できません。

あとは決意するだけです。決意すれば、必ずどしゃ降りの大雨のちスカッと快晴になるのです。翌朝、スカッと快晴になってやっと気づきます。あのどしゃ降りの大雨は、私たちに決意を迫っていたのだと。私たち人間は、どしゃ降りの大雨の中でしか、大きな決意なんてしないものだと。


一人で歩いていくと決意することは、人間として本来の生き方をしていくと決意することです。それは、誰にとっても決して小さな決意ではないでしょう。

しかし、どんなに考えてみたってこんな生き方しかできないと気づいたら、たとえそれが自分にとってどんなに大きな決意であっても、断じて決意するしかないでしょう。どしゃ降りの大雨の中を、泣きながらでも歩いていくしかないでしょう。歩き出せばそのうち雨はあがります。明日はきっとスカッと快晴です。明日はきっと笑顔になれます。

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